いけばなじん

File No. 133

西村 真由美さん

西村 真由美さん

神奈川県/東京支部

ステイホームが教えてくれた
いけばなって、面白い!!

美しさに心惹かれ
立ち止まらず花と向き合う

今回ご登場のいけばなじんは、前回の矢崎さんの妹さんである西村真由美さんです。お姉さま同様、お母さまの影響で幼少時代からお花を身近に感じつつも、本格的にお稽古を始められたのは社会人になってからだとか。厳しくも優しい先生方との出会いを通じ、真摯にお花と向き合い、常に精進されている西村さん。お母さまやお姉さまとの微笑ましいエピソードや、規模の大きい東京支部ならではの花展、ステイホーム中の複雑な心境など、興味深いお話を伺いました。

お花という共通の趣味を楽しむ
信頼と感謝で通じ合える仲良し姉妹

普段は照れくさくてあまり言葉にはしていませんが、今も実家近くに居を構え、公私ともに母を支えてくれている姉には本当に感謝しています。いろいろと気苦労も多いと思いますが、母の教室の運営を手伝い、持ち前の明るさで盛り立てながら、いつも楽しそうに社中の皆さんや千葉支部の話をしてくれます。

そんな姉から、5年前に高校の華道部を引き継ぎました。その後も、入学式や卒業式、文化祭のいけ込みには必ず姉が手伝いに来てくれますが、前任者だけあってとても頼れる存在です。

高校華道部の生徒たちと。最近は男子部員が増えています。(2019年 前列中央が西村さん)

今は二人とも小原流・研美いけばなセンターでお世話になっているので、たまに時間が合う時は一緒にお茶をして帰ります。「青山でお花を習って、お茶して、私たちセレブな奥様みたいだね。」と笑って楽しんでいます。こうして共通の趣味を話題にいい時間が過ごせるのも、小原流と母のおかげだと感謝しています。

「目の前のお花をいける」大切さ
コロナ禍であらためて実感した師の教え

小原流いけばなを教える母をいつも見ていました。5歳の頃から残り花で遊ぶようになり、もらった立日陰を地面に見立てて楽しんだことを今でもよく覚えています。

本格的に小原流のいけばなを習い始めたのは22歳からです。東京に就職が決まり(大学は北海道でした)、目黒に住むことになったと母に話すと、「いい先生がいるから、あなたのことを話しておくわ」と言われました。そして社会人生活にも慣れてきた6月頃に「木曜日に恵比寿にあるエビス花園に行きなさい」と言われたのです。当時はインターネットも携帯もない時代。本屋に行って「東京23区ポケットマップ」を買い、番地を頼りにたどり着きました。それが鈴木 茂子 先生(東京支部 前支部長)との出会いです。

ホテルオークラ東京支部新年会にて (1993年1月 左が鈴木茂子先生 右が西村さん)

鈴木先生はとにかく言葉に重みのある先生でした。花の技術だけでなくいろいろなことを教えていただきました。2016年にお亡くなりになったのですが、今でも先生の言葉には背中を押されることがあります。それは、今回の新型コロナウィルス自粛生活でのこと。2020年4~5月の首都圏の状況はかなり深刻で、緊急事態宣言のもと、ともすれば気分が落ち込み、何もする気が起きなくなりそうでした。そんな時、私は先生が生前よくおっしゃっていた「つべこべ言ってないで、目の前の花をいけなさい」との言葉が頭に浮かび、(そうだった。つべこべ言わずに花をいけよう。私には花がある)と思い立ち、この言葉を頭の中で唱えながら花を買いに行ったのです。後でお話しする「インスタ花展」ともあいまって、それからは好きな花屋さんから花を取り寄せたり、散歩道で野の花を摘んできたり、手あたり次第といっていいほど、普段よりもたくさんの花をいけて過ごしました。皆さんもそうだと思いますが、花をいけていると時間があっという間に過ぎていきます。その時間はコロナから心が解放され、いけばなをやっていて良かったと幸せを噛みしめました。

コロナ禍のなか鈴木先生の言葉に背中を押されていけた花 (2020年4月)

鈴木先生がお亡くなりになった後、お稽古は母の紹介で小原流研究院教授の工藤 亜美先生にご指導いただいています。工藤先生はいつも理論的でわかりやすくご指導くださいます。実家に帰省したある日、母の本棚に先生の作品集『一花一葉』(平成11年発行)を見つけました。そこに出てくる作品がどれも素晴らしく「すごーい! きれい! カワイイ!」を連発しながら見入っていた私に母が目を細めて言いました。「そんなに感動できるほど素晴らしい先生と出会えて、あなたは幸せ者ね」。本当にその通りだと思います。

研修のためのクラスにも所属させていただき、研修前には特に時間をかけてじっくり指導していただいています。自分でも本当に恵まれたお稽古環境だと思います。

東京支部花展にて準幹部合作の前で仲間たちと (2015年 後列右が西村さん)

あまりの大変さに驚いた花展
辞めたい気持ちは「美しい」感動で帳消しに

東京支部では毎年花展を開催しています。しかも前期後期があるため、合計6日間です。いけ込み日は泊りになるし、会期中は毎朝毎晩、担当コーナーの花のお世話もあり、体力的にも精神的にもこれが本当に大変でした。準幹部1年目の時は「これは大変なところに来てしまった!」と、まさにびっくりの連続で、最初の2、3年はどうやって辞めようかと本気で考えていました。

それが、いつしか12年が経ち、今や幹部5年目です。あの時、なぜ辞めなかったのだろうとあらためて考えてみました。答えはいくつかあるのですが、一番大きな理由は『苦労して出来上がる空間がものすごく美しい』から。花展には開催初日の朝だけに見られる景色があります。開場が近づく中バケツや花が片付けられ、会場を覆っていたブルーシートを剥がし、照明が落ち、スポットライトに花が照らされ、それまでの喧噪が嘘のように、会場が美しい静寂に包まれる瞬間があります。味気ない空間を自分たちの手で美しい景色に生まれ変わらせる達成感はなかなか味わえるものではありません。

あとは支部の飲み仲間数人と「お疲れーーーー!」と乾杯をする最高の瞬間があるから、続けてこられたのだと思います。

東京支部の新年会にて社中のみなさんと (2019年 中央が西村さん)

今はいけばな教室の他に高校の華道部、フラワーアレンジメントの教室も主宰しています。私の根幹をなす柱は小原流いけばなですが、数年前にフラワーアレンジメントもやってみたくなり、5年ほど勉強しました。いけばな教室でも、ハロウィンやクリスマスにアレンジメントをするのですが、生徒たちにも好評です。高校の華道部はもちろんのこと、いけばな教室にも10代の方々が通ってくれていますので、花に関しては流行ものもお稽古にどんどん取り入れていこうと思っています。最近では、ハーバリウム(ガラスの瓶にオイルと花を入れて鑑賞するインテリアフラワー)を作るなど、一緒に楽しんでいます。

自粛中に出合った新しい創造の喜びInstagram『勝手に花展』への挑戦

インスタphoto花展の写真

ステイホーム中にInstagram(インスタグラム)にはまりました。新居浜支部の廣田先生の呼びかけで始まった『コロナに負けるな!自主練♪小原流photo花展勝手に開催中』がきっかけです。週替わりでテーマがあり、共通の#(ハッシュタグ)をつけて投稿するしくみで、最初のテーマは“たてるかたち”でした。家にあったデルフィニウム1本とベランダで育てた鉢の花数輪でとても簡単な作品を投稿したところ、日本全国の小原流の方々から「いいね!」がつき、廣田先生からもコメントをいただいたりしました。それが単純に嬉しかったし、いい刺激になりました。

次のお題“かたむけるかたち”からは張り切って力作を投稿しました。次は何の花を使おうかとか、器はどれにしようかなどなど、花のことを考える時間がぐんと増えました。この企画がなかったらコロナに負けていたかもしれません(笑)。今思うと、インスタグラムを楽しまれている全国の小原流のみなさんが、「お稽古ができない」・「行動は制限」、というままならない自粛生活にいたからこその面白さがあったように思います。普段のお稽古花では考えられない取り合わせ(でもきれい!)が数多く見られ、庭の木や鉢のお花、道端の雑草までも素敵ないけばなにして投稿され、三者三様の創造性に「ああ、いけばなって自由なんだ。いけばなって面白い!」と、花歴30年にして新鮮な驚きと喜びを感じた日々でした。

インスタphoto花展の写真

【西村 真由美さんに一問一答】

好きな花

アストランティア、クレマチス、オクロレウカ

好きな作家と好きな作品

三浦綾子『氷点』、玉置浩二『あなたに』

西村さんにとってのマイブーム

ウォーキングです。コロナ禍の自粛期間中に近所に住む東京支部の友人とひたすら歩きました。河骨、燕子花、花菖蒲などいろいろな花が身近な公園や遊歩道にあることを知りました。「この枝ぶりいいね。主枝に欲しいね」とか「見て見て、あの燕子花、様式になっているよ」とか「こんな大きな河骨の葉が研究会できたらどうする?」などなど小原流の仲間としかできない会話をしながら歩くのはとても楽しく、今でも毎回7~8キロ歩いています。

西村真由美さんからご紹介いただいたから次回の「いけばなじん」は、大國優子さん(島根県・出雲支部)です。昨年の研修課程Ⅱ期の前期初日の朝、たまたま控え室の席が近いことが知り合うきっかけでした。よく飲みよく笑いよくしゃべり、とにかくパワフルで一緒にいると元気が出る方だそうです。フルタイムのお仕事をお持ちで、普段からお忙しいのにお花に向き合う姿勢がとても真摯で尊敬しているとのこと。どうぞご期待ください。