いけばなじん

File No. 120

髙橋 えりなさん

髙橋 えりなさん

東京都/東京支部

転勤先で出会ったのは
素敵な先生と のびやかに花をいける喜び

高校時代はいけばな同好会部長も経験
成長の糧になりました

今回は、東京で働く女子が転勤先で素敵なご縁に出会ったストーリー。都会的な雰囲気を持ちつつ、純粋な気持ちに満ちた髙橋さん。縁もゆかりもない土地で出会った師との温かい交流と、キラキラした日々のエッセイをお楽しみください。

数年ぶりに再開したいけばな
日々を豊かにしてくれた溝田至遙先生との出会い

 溝田至遙先生と出会ったのは、2014年9月、私が佐賀に転勤した時のことでした。引っ越しの後片付けが一段落ついた頃、佐賀に誰一人知り合いがいなかった私は「お友達ができたらいいなぁ」という軽い考えで、小原流HPの「教室検索」から佐賀で教えてくださる先生を探しました。自宅から通えて、仕事帰りにも行けそうなお教室を見つけられたのはとてもラッキーだったと思います。なぜなら、私は車の免許もないのに地方転勤に首肯してしまったのですから。徒歩圏内にお教室を見つけられたのは、ある意味奇跡的でした。

 もともと高校生の時から10年ほど習ってはいたものの、社会人になってからはあまりお稽古に行けておらず、お教室に顔を出すのはお正月花の時ぐらい。自分でお花を買うことはあっても、いけるのは数年ぶり。そんな状況で、ドキドキしながら先生にご連絡したのを覚えています。

桜と菜の花観光 宮崎県・西都原古墳群にて(2017年4月)

 溝田先生の最初の印象はとっても優しそうなおばあちゃま。「ようこそいらっしゃいました!」と和室でお出迎えくださいました。畳の部屋でお花をいけるのは初めてだったので、青山で習っていた時との違いになんだかワクワクドキドキ。さらにお名刺をいただいたら「佐賀支部 参与」とあり、びっくり仰天。ずいぶん偉い先生に出会ってしまったなと思いました(笑)。

 「佐賀に転勤してきて、時間があるのでお花を数年ぶりに再開しようと思うのですが…。1年ほどで東京に戻る予定です」と、積極的とは言いがたい理由をお伝えしましたが、先生は優しく受け止めてくださって、「東京から来た人はおしゃれなお花をたくさんいけているでしょうから、佐賀のお花は物足りないかもしれないわねぇ」と気遣ってくださいました。「佐賀ではねぇ、雑草をいけるんですよ」というお言葉に、「これからどんなお稽古が始まるのかしら……!?」と、ちょっぴり不安になりながらも最初のご挨拶を終えたのでした。

佐賀では溝田先生のいけこみのお手伝いをさせていただきました(2016年)

優しくチャーミングな溝田先生
お庭のフレッシュな花材でお稽古できる贅沢

 初めてお会いしたときからずっと、とても優しい先生だなあと思っていましたが、その印象は今も変わることはありません。先生のお孫さんがちょうど私と同い年ということもあり、いつも「えりなちゃんは私の孫みたいなものだから、困ったらいつでも連絡してね。一人で転勤してきているんだから、具合が悪くなったらいつでも声をかけてね、家族みたいなものなんだから」と気遣ってくださいました。「こんなに優しい方もいるのね!東京砂漠ではなかなか聞けないお言葉!」と、とても感動したことを覚えています。

 前述の気になる「雑草をいけるんですよ」については、実際はもちろん雑草をいけることはありませんでした。先生がお庭に咲いたぎぼうしや鳴子百合を切って花材に入れてくださったり、社中の花展で他の生徒さんが「先生、庭から切ってきましたよ!」と大きな白木蓮の枝を持って来られたりと、東京では考えられない「自給自足」のいけばなを体験できたのが大きな財産になりました。東京のお花屋さんで楚々として並んでいる花も美しいのですが、のびのびと育った枝や花をたっぷり使っていける経験は、私に新しい発見と喜びをもたらしました。

溝田至遙社中展(2016年)

 1年で終わるはずだった転勤は2年半に延び、いよいよ東京に戻ることになりました。先生とは以前のようにお会いできなくなりましたが、LINEで近況報告をしたり、先生が東京へいらした時に花展へご一緒したりと、交流は続いています。また、先生が餞別にくださったお弁当箱を使って「お弁当を作りました」の写真を送ることもあります。

 傘寿を迎えられた溝田先生ですが、とても若々しくて、実は嵐の大ファン!まさか佐賀でお稽古をしながら嵐の話を聞くとは思いませんでした(笑)。 東京でお会いした時も、車の中で嵐のナンバーを口ずさんでいらっしゃって、その少女のようなあどけなさに、先生に向かって申し上げるのは失礼ですが「かわいい!!!」と思ってしまいました。また、お稽古の後に有田焼のお茶碗でお茶をいただきながらおしゃべりをしたことも忘れられない思い出です。

溝田至遙社中展(2016年)

高校時代は“いけばな同好会“部長
ほろ苦い思い出と母からのありがたき一言

 もともと母も祖母も茶華道を習っていたこともあり、家に道具一式があったので、私も幼い頃から漠然と「大人になったらお花かお茶はやってみたいなぁ」と考えていました。 いざ始めるきっかけになったのは、高校受験前に訪れた青山学院高等部の文化祭で、いけばな同好会の展示を見たことです。お人形さんのように可愛い先輩がニッコリ微笑んでくださって「この先輩みたいになりたい!この学校にする!」と志望校も安易に決定。無事入学できたので、いけばな同好会に入部しました。その年の新入部員は私1人だけで、「来年には廃部かな?」と暗雲立ち込める状況だったのも今では懐かしい思い出です。翌年は新入生が20人も入部し、自動的に私が部長になってしまいましたが、おかげでいい経験をさせていただいたと思っています。

琳派調いけばなを盛花にリメイク(2019年5月)

 そして、高校3年生の時、東京で初の「学生いけばな競技会」が開催されました。当時、同好会部長であり研究会にも出席していた私は「絶対いい成績をとってやる!」と野心に燃え、息巻いて挑んだものの、惨憺たる結果に。後輩たちが表彰される中で何の賞もいただけず、悔しいやら、情けないやら…、小原流会館からの帰り道で泣いてしまいました。いけばなの先輩である母からは「いつも花のお世話をきちんとしないで傲慢でいるから、お花に仕返しされたのよ。因果応報、お花を大事にしなかった見返りと思いなさい。そしてこういう経験をさせてもらったことに感謝しなさい」と痛烈な金言をもらいました(誰も言ってくれない言葉だけにありがたいことでした)。その頃からご指導いただいている東京支部長の堀江美瑛先生にも本当に申し訳なく思いながらメールをしたところ、「あなたの気持ちは痛いほどわかります」と怒るでもなくねぎらってくださって、それがまたとても心に残っています。

文人調いけばな作品(2019年3月)

仕事帰りのお稽古でリフレッシュ
工夫を楽しみ、インスタグラムも

 東京に戻ってからは仕事が忙しく毎週お稽古に行くことができなくなりましたが、もともとお世話になっていた堀江美瑛先生の教室に月1回のペースで通っています。仕事帰りにお花をいけることが、良いリフレッシュになっています。また、「月1回しかお稽古できないけれど、お花は毎週楽しみたい!」とわがままな私は、花材を最後まで生かしきりたいと思い、瓶花で“傾斜型”にいけた枝を剣山で“かたむけるかたち”にいけ直し、それにまた花材を足して、“ならぶかたち”にし……と、花をつぎ足しながら楽しんでいます。

 お花をいけると大抵インスタグラムにアップするのですが、お家元から「Like(いいね!)」をいただけた時は、とてもうれしかったです。あれは本当にご本人だったのでしょうか(笑)。ご本人だと信じて、勝手に喜んでおります。

Instagramでお家元に「いいね!」をいただいた作品(2019年3月)
 うれしさのあまりストーリーズにアップ!

髙橋さんのInstagramはこちら 

小原流を知って美術鑑賞もいっそう味わい深く
自分らしく花をいける日々を大切に

 子どもの頃から美術館を訪れるのが好きです。一番好きな絵はジョン・エヴァレット・ミレイの「オフィーリア」。描かれている花の寓意を読み解いたり、描き方が写実的か様式的かなどを考えながら鑑賞するのがとても楽しいです。“バラの画家”と呼ばれているルドゥーテの展覧会にも何度も足を運びました。子どもの頃、SHISEIDOギャラリーで買った『唐草文様の系譜の世界地図』は今も実家に大事に保管してあります。

 いけばなを習っているからこそ絵を鑑賞する楽しさも倍増しました。学生時代、日本美術の授業を履修中に、運よく上野で「大琳派展」が開催されたので、課題レポートを「琳派と小原流の琳派調について」というテーマで書き上げ提出したところ、AAの成績をいただきました。日本美術専門の教授にとっても、琳派調いけばなの話はとても興味深かったようです。

スプレーバラで“まわるかたち”(2019年5月)

 働いて一人暮らしをしながらのお稽古は、時間・空間・経済的になかなか大変ですが、病める時も貧しい時もお花を続けていきたい、というのが私の願いです。また、お家元と私は同年代ですので、インスタで「いいね」をいただいた時から、いつかお話できる機会がありますように…と願っています。今後もさらに小原流の裾野が広がっていくよう願ってやみません。

会社の浴衣出勤デーに祖母の縫った浴衣で満面の笑み

【髙橋 えりなさんに一問一答】

好きな花

たくさんありますが、一番好きなのはラナンキュラスです。大学の卒業式のために先生にアレンジしていただき髪飾りにしました。

好きな作家と作品

イタリア映画の巨匠フェデリコ・フェリーニの「8 1/2(Otto e Mezzo)」

マイブーム

ポールダンスを始めました

 

ドイツの美術館にて現代アートに話しかける図(2018年10月)

髙橋えりなさんからご紹介いただいた次回の「いけばなじん」は、佐賀時代に出会われた穴井貴遙さん(佐賀支部)です。生徒の個性を生かし、褒めたり励ましたりするのがとても上手な憧れの先生で、時にはプライベートな相談にものってくださるそう。繊細な気遣いと責任感も強く、支部のお仕事が忙しい中でもいつも前向きで、美しいいけばなに昇華できる方とのこと。どうぞご期待ください。