いけばなじん

File No. 12

尾形 吉恵さん

尾形 吉恵さん

東京都/主婦

日本の伝統文化であるいけばなを
若い人たちに伝えていきたい。

人と人のつながりで紹介していくリレー形式の「いけばなじん」。
今回は、前回の小坂静子さんから、「何事にも前向きでいけばなに向かわれる姿勢がとても真剣で熱心な方」と、ご紹介いただいた尾形吉恵さん。
ご主人の転勤で札幌、函館と生活の場を変えられましたが、どこにいてもいけばなと深く関わりを持ち続け、多くの人たちとの出会いに感謝し、「人は財産」という想いを大切に豊かな交流を育まれてきました。
小坂さんとの出会いから札幌と函館に暮らしたときの懐かしい思い出やエピソードなどを伺いました。

小坂さんとはお互いのいけばなをアドバイスしながら励んでいます。

家元が出展された「越後妻有アートトリエンナーレ2009」へ支部から見学に。

 小坂さんとの出会いは5〜6年ほど前で、いけばな教室で他の先生に紹介していただきました。最初にご挨拶したとき、とてもお優しい感じで大変良い印象を受けたのを覚えています。

 その後もお会いするたびに初対面のときと変わらぬお人柄に触れ、いけばな教室で一緒の折りにはいけられた花をお互いにアドバイスしながら楽しく励んでいます。また、小坂さんが作品を出品される花展にお伺いすることもあり、いけばなについて語り合っています。

札幌の美しい新緑と函館の雪道での車のトラブルも懐かしい思い出。

マイブームの旅ウォーキング。
(千畳敷カールにて)

 夫の転勤により札幌、函館と所属支部が変わりましたが、そのおかげで交友関係が広くなりいまも多くのお付き合いが続いています。

 札幌支部は昭和47年5月から3年足らずでしたが、日々充実した生活でした。先生の教場がオリンピックの宮の森ジャンプ場の近くで、教室の窓からは札幌の町が一望でき素晴らしい景色と美しい新緑に感激したことが思い出されます。

 函館は都会的な札幌と違い、古き良き時代の面影が残った温かい感じのする町でした。当時の交通機関は市電とバスだけだったので自動車の運転免許を取得し、交通ダイヤに縛られることなくいつでも自由にお稽古に出かけることができました。雪道で轍にタイヤをとられるトラブルがあり、通りがかりの人によく助けられたこともありました。いまでも札幌支部と函館支部でお世話になった方々が懐かしく、もう一度訪ねたいと思っています。

「人は財産」という両親の教えを守り、出会いと共感を大切にしています。

 私の両親に教えられた「人は財産」という言葉をつくづく思いだします。私の生家は関東大震災で全焼し、さらに東京大空襲ですべてを失うという惨事を体験しました。そのためでしょうか両親は、“人の出会いと共感は健康であれば失うことなく人生の宝となる”と。そして人とのつながりを大切にしなさいと常に言っていました。札幌支部と函館支部で出会った方々は、私の生涯の財産と思っています。

 30年ほど前に友人に誘われてジャズダンスを15年間くらい続けました。下手の横好きですが音楽にのって踊るのが好きで始め、いまでも友人の発表会にはお伺いしています。また最近では、学生時代に覚えた麻雀を脳のトレーニングの感覚で、気の合った仲間と月に1〜2回くらい楽しんでいます。

 いけばなを通じた交流とジャズダンスや麻雀でのお付き合い、そのどちらも私にとって大切な宝物です。

上写真
埼玉県連の旅行での支部の人たちと。
下写真
国内・国外旅行や時々ランチを楽しむ仲良しの友達。

子育て、転勤、親の看病を乗り越えられたのもいけばなのおかげです。


上写真
 蓮池の前で所沢支部の面々。
下写真
 お弟子さんとそのお母様との団欒のひととき。

 結婚後、自宅の隣に小原流いけばなの先生がおられましたので、その教室で習い始めました。その後、出産により少し遠のいていましたが、現在住まいのある東久留米市であらためて入門しました。

 これまでのいけばなで苦労したことと言えば、夫の転勤により何度か指導いただく先生が変わったことでしょうか。全国統一指導が行われている小原流いけばなでも、それぞれ先生の個性があり、慣れるまでに少し時間を要しました。いまはそのときの経験が多くの財産となり、共通のお友達がたくさんできて幸せに思っています。

 思い起こせば札幌在住の頃、先生(当時80歳くらい)から「花の心」を教えていただきました。当時、私は3級くらいでいけ方もよくわからず、百合の花の向きに手こずっていました。先生は「貴方の挿した百合は嫌だと言っているから一息入れなさい。花の方で向きたいところを望んでいるんだよ」と諭されました。

 そして「貴方が私の年齢になるまで40年以上学べるんだからゆっくりと花に向い合いなさい」と言われ、肩の力が抜けて気持ちが楽になりました。先生の言葉の意味の深さがいまになってわかり、「心の糧」としています。教える立場になったいま、自分の財産の引き出しを常に補充するように心がけています。

 今は、埼玉県連の花展に欠かさず出品しており、所沢支部地区展ではできるだけ小原流の伝承花を出品したいと思っています。

子育て、転勤、親の看病を乗り越えられたのもいけばなのおかげです。

 今日、世界的に経済状況も不安定なときであり、心のやすらぎが求めにくくなっています。このようなときだからこそ、いけばなを通して若い人たちと自然界の大切さに関わりながら、一人でも多く専門教授者を育てられるように努力していきたいと思っています。

 これまで、子育て、転勤、親の看病と多々ありましたが、その都度好きないけばなに携わることにより乗り越えることができました。前回の埼玉県支部誕生40周年、埼玉県連創立25周年記念花展のとき私は、病後半年でしたが皆さんに励まされて参加することができました。不安な気持ちのなか、いけばなによって元気が与えられました。

 日本の伝統文化であるいけばなを、若い人たちに少しでも伝えていけるようこれからも学んでまいりたいと思っています。


埼玉県連花展の作品の前で。

【尾形 吉恵さんに一問一答】

好きな花

百合

好きな小説家

芹沢光治良

お薦めの本

人間の運命(全3部・14巻)

マイブーム

四季折々の旅ウォーキング

尾形さんからご紹介いただいた次回の「いけばなじん」は、東京・西貝英子さんです。「いつも明るくなごやかな雰囲気にしてくださる方」とのことです。ご期待ください。