みんなのいけばな

File No.112

柴田 美穂さん 長崎県/長崎支部 柴田 美穂さん 長崎県/長崎支部

いけばなに渾身し50年今も変わらず「小原流が大好き」

いけばなと小原流の絆が
どんなときも心の支えに

嫁ぎ先のお義母様に勧められ、小原流に入門された柴田さん。それは、充実したいけばな人生がはじまる運命の出会いでした。旧・諫早支部長(現在は長崎支部に合併)就任直後に雲仙普賢岳噴火災害に見舞われた際、全国の小原流会員からの励ましに感激されたそうです。病を経験された現在も、闘病を続けながら持ち前の明るさで意欲的に日々を過ごしておられます。いつも前向きな柴田さんのいけばな人生を語っていただきました。

センスも含めて大好きになった甲斐豊喜先生
夜中まで深く語り合ったことは大切な思い出

 私が諫早支部長に就任した1999年、延岡支部では森山朋子先生が支部長になられ、同期として支部のことを相談したり励まし合ったりと仲良くさせていただき、2008年に森山先生が支部長を退任されることになり、新たに支部長となられたのが甲斐先生でした。森山先生は甲斐先生のことを気遣われ「今度の支部長もよろしくね」とおっしゃったので、私も「支部長になってすぐは私たちもお互い心細い思いをしたものですね。こちらのほうこそよろしくお願いします」と申し上げました。支部長会議で初めて甲斐先生にお会いしたときには、私の方から甲斐先生へお声かけをして、ご挨拶させていただいたように記憶しています。

 甲斐先生と出会ったときには「スタイルが良くてセンスのいい方だなあ」と思いました。服の好みも同じで、たちまち大好きになり意気投合。それ以来、支部長会議のときには大阪空港で待ち合わせてから食事をご一緒し、ホテルの部屋で夜中まで支部談義をするようになりました。どうすれば研究会参加者を増やせるか、良い花材を使いつついかに値段を下げられるか、また研究会に楽しんで出席してもらい、支部財産を増やすことができるかなど、本当にたくさんのお話をしました。延岡支部へは講習会で2回、花展で1回お伺いし、二人とも支部長を退任した現在は、電話でお互いの健康を確認したり、励ましあう関係が続いています。


支部長セミナー挿花作品(2007年10月)

支部長セミナーにて。お家元を囲んでの楽しいお食事会(2013年9月)

結婚がきっかけとなり出合った小原流
長崎支部では皆熱心に取り組んでいます

 小原流いけばなを習うことになったきっかけは、義母からの勧めでした。結婚前は他流のいけばなを習っていたのですが、義母が「お花と茶道を習ってみてはどう?」、さらに「いけばなを習うなら小原流がいいよ」と勧めてくれました。嫁ぎ先の柴田家は古美術店を営んでおり、たまたまお隣に小原流の教室があったので、入門し、月4回のお稽古を始めました。
 このとき師事した先生が諫早支部初代支部長の津田華脩先生で、津田先生は自分の山から取ってこられた素晴らしい花材を使って「写景盛花自然本位」を教えてくださるなど、先生がいけられるお花にはいつも感動しました。その影響か、私は小原流の花型の中では「写景盛花」が一番好きです。


「日本いけばな九州展」出品三人作(2013年10月)

 早いもので小原流に入門して49年が経ちます。長崎支部から諫早支部へ移り、4年間の諫早支所を経て、支所が長崎支部へ併合、再び長崎支部の所属となりました。


諫早支部最後の専門教授者講習会にて
当時研究院講師をされていた石橋祥子先生(前列右から3番目)を囲んで役員と。
前列左から2番目が柴田さん(2013年10月)

諫早支部最後の専門教授者講習会にて

諫早支所最後の「みんなの花展」(2015年春)

 長崎支部は6市で成り立っている小さい支部ながらも、熱心に活動に取り組んでいます。特に「みんなの花展」は、毎年地元で開催することができる素晴らしい取り組みだと思います。初等科から一級までのさまざまなレベルの会員が集まり、みんなで和気あいあいと楽しく開催してきたことは大切な思い出です。

小原流の絆が災害から立ち上がる力に
理事長のねぎらいに感激

 近年、日本ではあちらこちらで自然災害が起きています。被災地の皆様にはこの場をお借りしてお見舞い申し上げます。
私の住む島原市も、1991年に雲仙普賢岳の大噴火を経験し、毎日火山灰が降り続き大変な思いをしましたが、全国支部の皆さんや本部に助けていただいたことは今でも忘れがたく、感謝の気持ちでいっぱいです。
 災害復興のため荒地を整備して建設された「島原復興サブアリーナ」で、2000年4月に「諫早支部創立20周年記念式典講習講演会」を開催。当時は私が支部長になって一期目と経験も浅く五里霧中での取り組みでしたが、多くの方にご協力いただいたおかげで、無事、成功裡に終えることができました。理事長をはじめ九州各地の会員の方々にお越しいただき、大勢の方が立ち見をするほどの盛況ぶりでした。
理事長が式典でご挨拶された際、心優しい言葉、励ましの言葉、希望の言葉、最後には会員だけでなく、役員の先生方の家族の労までもねぎらってくださいました。そのことに感激し、涙したのがまるで昨日のことのように鮮明に思い出されます。また、島原は九州の端に位置し、あまり大阪や神戸を訪れる機会もなかったため、支部会員のほとんどが理事長を『挿花』や『華路(現在のohana)』誌面でしか拝見したことがありませんでしたので、このような形でお会いする機会を与えていただけたことに大変感謝しています。


「みんなの花展 島原地区展」(2012年5月)

 思い返すと、支部長としてこのような大役を務めさせていただけたことは本当に光栄なことでした。その後もどっぷりと小原流につかってしまったと言えるほどいけばなに打ち込んできましたが、今なお「小原流いけばなが大好き」という気持ちに変わりはありません。


支部研究会のひとこま(1998年10月)

病を得て今、いけばなこそが元気の源
入門50年を記念した社中展開催をめざして

 小原流入門から49年間、ずっと元気で健康には自信がありましたので、健康診断はここ10年ほど受けていませんでした。ところが昨年5月ごろから毎日、食後1時間30分ほどすると腸の左側に痛みが出て4時間ほど続くようになり、気になって近くの病院で胃がんと大腸がんの検診を受けたところ、胃と大腸は異常ありませんでしたが、「膵臓と小腸が気になるので県立病院へ行ってください」と紹介を受けました。精密検査の結果、B型悪性小腸リンパ腫が見つかり、2カ月入院。その後は毎月2日間の抗がん剤投与を8カ月間受けました。3カ月目ぐらいから薬の副作用で髪が抜け始め、手の指やひざが痛み、ペットボトルのふたが開けられない、花鋏で枝が切れない、手の関節が痛いなどの症状にも悩まされました。
 お医者さまは症状には個人差があると言われますが、私は一見すると元気に見えるようで、性格も明るい方なので頑張るしかないという気持ちです。あと何年生きられるかわかりませんが、1年でも2年でも長く生きるんだという希望を持って、明るい未来を夢見ています。


島原市立白山公民館にて(2012年9月)

 来年、小原流いけばなを始めて50年となります。今の希望は、50周年記念の社中展を開催することです。若い生徒さんも増えてほしいと願っていますし、人生まだまだこれからです。今後もいけばなを楽しく続け、いけばなに元気をもらい続けたいと思っています。

【柴田 美穂さんに一問一答】
好きな花: 水仙、紫陽花、睡蓮、ゆり
好きな画家: モネ
上記の作家で
 お好きな作品:
睡蓮
 

支部長セミナーにて。参考花をいただきました(2010年7月)

柴田美穂さんからご紹介いただいた次回の「いけばなじん」は、石橋祥子さん(東京支部)です。石橋さんが講師になって1年目の1985年に諫早支部研究会で出会い、翌日に柴田さんが石橋さんを長崎空港へ送られたのがおつきあいのきっかけだそうです。それ以来33年間の長きにわたってお二人は交流を深めてきました。石橋さんは健康に留意しながら何ごとにも前向きにがんばる方とのことです。どうぞご期待ください。

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