みんなのいけばな

File No.68

畔蒜 博葉さん 畔蒜 博葉さん 千葉県/千葉支部

「学ぶ」と「教える」の違いを痛感し、今なお研鑽の日々

人と人のつながりで紹介していくリレー形式の「いけばなじん」

ハンドボールで身についた忍耐力と責任感
仲間を信頼し助け合う大切さは、いけばなの世界も同じでした

高校時代は体育会系クラブで選手として活躍されていたという畔蒜(あびる)さん。引退後、「動」から「静」への憧れで、幼い頃から親しんできたいけばなの道をめざされましたが、いざ「教える立場」となられた時に、その難しさを実感されたといいます。クラブの一員として、辛くても勝つことに全身全霊を傾けたことが、真逆と思われる静のいけばなの世界で活かされているそうです。今は亡き恩師への思いや大好きな車についてなどのお話も、熱く語ってくださいました。

芯が通ってしっかりした長瀬先生 容姿のとおり繊細で素敵な花をいけられます


日本いけばな芸術展出品作品(2013年)

 長瀬豊枝先生とは、研修課程を同時期に受講、マイ・イケバナでも何度もご一緒しましたが、その頃はまだお互い大勢の中の一人という感じでしたが、その後、これ以上の緊張はないというくらいの気持ちで臨んだ講師新任研修の時に初めて親しくお話をさせていただき、そのお人柄に感銘。「これからは同期として一緒に頑張っていきましょう」と固い約束を交わしました。

 出会った頃は、とてもおとなしそうな方という印象でしたが、日を追うごとに、芯が通ってしっかりしていらっしゃるうえに、とても細やかな神経もお持ちであることを随所に感じています。スレンダーな容姿に似て作品もとても繊細です。大阪と千葉と離れていますので、現在は、大阪で行なわれる研究院研修会の際にお目にかかれるぐらいですが、普段は“お元気メール”“お久しぶりメール”“励ましメール”等を折に触れ送信し近況を報告しあっています。

スポーツに明け暮れた高校時代  その反動か「静」の世界へ憧れました

 高校時代は体育会系クラブに所属していました。3年生で、大きな試合を終え引退後は、動から静の世界へ憧れ、幼い頃に習っていたいけばなを本格的に学び、いけばなの先生になりたいと思い始めました。「毎日、着物を着て華道と茶道ができたら楽しいだろうなぁ」と、今考えてみれば小さな子どもが夢を語っているような感じだったかもしれませんが、その頃の私は、お花に携わる時間が一番楽しい時間と空間だと感じていました。

三級家元教授になって間もなく、教室を開設しましたが、学ぶと教えるではまったく違うことを痛感し、「もっと勉強しないとダメだ!」と思うようになりました。「わかりやすく説明するには?」「うまく伝えるには?」「正確に伝えるためには?」といつもどのようにすれば一番良いのかを考えながら常に向上心をもって歩んできたつもりでいます。東京・青山の小原流会館で開講しているビギナーズスクールの講師をつとめさせていただいてから早7年が経ちましたが、この経験も私の教授活動に大きな影響を与えています。


ビギナーズスクールにて(2015年1月)

小原流でめぐりあった生涯の恩師 素晴らしい出会いに感謝


挿花の取材のため植物園へ(1993年頃)

千葉県茶華道協会展(2011年 そごう千葉店)

 小原流の門をたたき、松尾チヨカ先生と出会い、いろいろなことを教えていただきました。先生のお花に向きあう姿勢に感動し、「いつか先生のようになりたい」と常に目標にしてきました。残念ながら先生は、昨年ご逝去なさいましたが、どんなことでも「やってみなさい」と背中を押し、私を勇気づけてくださった先生の存在は、私の心の中に永遠に生き続けていくことでしょう。
 現在は、先生の遺志をそのまま引き継いでいらっしゃる愛娘の小柳華信先生にご指導いただいています。親子二代にわたり私を導き、たくさんのことを教えてくださるだけでなく、いろいろな相談にものってくださる素晴らしい先生方に恵まれ、感謝の気持ちでいっぱいです。

 いけばなの活動としては、花展開催にも力を注ぎ、こども教室の発表の場として、かわいいこども達が楽しめるように工夫をこらしたこともあります。また、社中で発表会や花展を開催した際に、社中の空気が一変したことがありましたが、発表の場を設けることで、個々が目標に向かってイキイキと頑張る様子に、それがいかに大切であるかを再確認しました。県展では、毎年小柳先生を中心に大作に挑んでいます。計画・準備・いけこみと、すべてが勉強ですし、その経験すべてが私の血となり肉となっていることを実感しています。


初めての社中展 地元の道の駅展示場にて(2005年頃)

千葉県展出品作品(2005年頃)

 千葉支部では、準幹部として16年、幹部として14年目を迎え、現在は研修係を担当しています。千葉支部の歴史を築いてくださった恩師をはじめ、大先輩の先生方には頭が下がる思いがいたします。微力ではありますが、この宝を若い世代へ引き継いでいくという大切な役割の一端を担わせていただくことが、松尾先生への恩返しになるのではないかと思っています。


千葉県茶華道協会65周年式典の後、小柳華信先生(前列右から2番目)を囲んでお社中の先生方と(2015年1月)

創立65周年記念 千葉県茶華道協会いけばな展(2014年9月 そごう千葉店)

チームワークの絆は今も健在

 高校時代は毎日ハンドボールの練習に明け暮れ、コートを走りまわっていました。 チームプレーですから、ケガをしたり体調不良であっても試合には絶対に出場しなければいけないという責任が芽生えますし、一人ひとりがお互いに呼吸を合わせなければ、それぞれのポジションの役目が果たせない為、微妙なタイミングを要求されます。これらのことから、勝つためには一人ではどうにもならず、チーム一丸となって責任を自覚し、協力と信頼を持つことが大切だと学びました。“仲間の失敗は自分の失敗、自分の失敗は仲間の失敗”となり、連帯責任として怒られてばかりの日々でしたが、だからこそ試合に勝った時の喜びは5倍にも10倍にもなったのだと思いますし、関東大会3位という立派な成績を収められたと自負しています。私のポジションはポイントゲッターでしたが、ペナルティースローを担当する時の緊張は今でも忘れられません。今ではすべてが懐かしい思い出となりましたが、激しい練習をともに乗り越えた友人たちとは、年に2〜3度食事会を催し、会えば当時の話に花が咲く大切な仲間です。
 ハンドボールといけばなというと一見無縁のようにも思えますが、私がいけばな活動に不可欠だと思っている忍耐力と責任感は、あの頃、身についたものだと断言できます。

 スポーツと言えば、最近は、海外赴任中の主人につきあってゴルフを少したしなむぐらいですが、一向に上達しないのは個人プレーのせいでしょうか(笑)。


ご主人とマニラでゴルフ(2013年)

 また、私は若い頃から車が好きで、18歳で免許を取得すると愛車を乗り回し、交通手段が電車・バスから一転したほどです。“丈夫で身を守る!そして何といっても死亡事故がほとんどない!”と言われるボルボに憧れ、いつか乗りたいと思っていましたが、25歳の時に遂にボルボ940を購入。その後、V70に乗り換え、現在はXC90とC30の2台を所有。これで7台目になりました。それがご縁で、ボルボカーズ成田のショールームに花の展示を依頼され、月に1度挿花させていただいていますが、スタッフの皆さんがいつもとても気持ちよく迎えてくださり、そのマナーの良さに感心しています。ちなみに、大変快適で良い車だと思いますので、車好きの方には、本当におすすめの車種だと思います。


ボルボショールームにて
担当者の方と挿花作品の前で(2015年)
【畔蒜 博葉さんに一問一答】
好きな花: 朝顔(自宅の庭に20mの朝顔の棚を作り、毎年育てています)
好きな作家: モネ、ピカソ
好きな作品: 『睡蓮』(モネ)
マイブーム: スマホ、LINEゲーム(ツムツムとポコポコ)、サプリメント

畔蒜 博葉さんからご紹介いただいた次回の「いけばなじん」は、滝口 登美江さん(東京支部)です。研修課程で知り合い、ご実家が同じ房総ということから親しくなられたそうです。現在はビギナーズスクール青山校の講師を一緒に務めておられます。細やかな心遣いができる素敵な先生とのこと。どうぞご期待ください。


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