みんなのいけばな

File No.54

那須 豊信さん 那須 豊信さん 滋賀県/滋賀支部

遊びの延長で始めたいけばな
大切な出会いと別れを経て、さらなる勉強を続けます

人と人のつながりで紹介していくリレー形式の「いけばなじん」。

いけばな教授者のお母様の影響で、幼い頃から生活の一部として自然に花と親しみながら、いつしかお母様を支えれらるほどになられたいけばな人生についておうかがいしました。また、お忙しい仕事の合間をぬって欠かさず行らっしゃるという文楽についても熱く語ってくださいます。

研修会場で初めて出会い 夕食をともにしたのがご縁です

 南川先生との出会いは27年前にさかのぼります。研修課程T期初日の夜、ホテルでお目にかかったのが最初でした。1人で参加していたので夕食をご一緒できる方もおらず、とりあえず外出しようとエレベーターに乗ったところで声をかけていただき、食事をご一緒したのがきっかけでした。翌日の朝、富士支部の宮ア千尋先生(故人)をご紹介くださったのも南川先生で、それ以来、3人で本当に仲良くさせていただきました。南川先生はその頃から変わらず優しい方で、人への心遣いなど私にとっては人生の良きお手本でもあります。
 2012年、宮ア先生がご病気の為、急逝。思いもよらぬことでしたが、亡くなられる直前に南川先生からの強いお誘いで宮ア先生にお目にかかることができたことに感謝しています。

 同じ近畿・中部地区ということもあり、年に数回はお互い行き来し、花展やパーティーの席など、お目にかかる機会もたびたびあります。主に南川先生からご丁寧なメールをいただき、私がたまに素っ気なく返信するという状態ではありますが、それも心温かく見守ってくださっています。


幹部講習会にて(2013年9月)

遊びの延長で始めたいけばな 1人の生徒として夏樹先生に入門しました


母とのツーショット(2003年支部新年会にて)

 母(那須豊益)は、出稽古などでほとんど家にいませんでしたが、自宅でのお稽古日なら母は家におりますし、稽古場ではお姉さんたちに遊んでもらえるので、その日が待ち遠しかったことを覚えています。その延長でお稽古を始めたのが8歳の頃でしたが、子どものお役目はゴミ箱から切り落とした枝や固いつぼみを拾って仏花を作ることでした。とにかく早く一人前になって新しい包みを開き、長い枝を自分で切りたいと母によくせがんだものです。

 念願だったお稽古を始めたものの中学を卒業する頃には生意気な口をきくようになり、やはり「親=親先生」ではいけないと、高校入学を機に当時、副家元でいらっしゃいました四世家元・夏樹先生の大丸文化サロン教室に入門させていただきましたが、今思うと、あまり真面目な生徒ではありませんでした。大学を卒業し、社会人2年目に母が過労で入院した時、自分の実力では代稽古さえできないことを思い知らされ、そこからようやく「一念発起」して、花と真剣に向き合おうと研修課程に参加させていただくことにしました。


大丸文化サロン夏期講習会で、夏樹先生28歳、那須さん16歳の頃(御影教場にて、1977年)

大丸文化サロン社中展 打ち上げにて(1978年)

 いけばなを続けてきて一番うれしかったことは、研修課程を修了できたことです。劣等生で本当に長い年月がかかりましたが、研修課程を受講したおかげで南川先生、宮ア先生をはじめ、たくさんの先生方とお知り合いになることができました。
 一方、最初にお世話になった夏樹先生、宮ア先生とのお別れは何よりも悲しい思い出でもあります。

花展会場まで母に会いに行った思い出 今は母を支える社中展が勉強の場です

 子どもの頃、母が大きな花展に出瓶すると1週間ほど顔を見られない日が続きましたので、日曜日には会場のデパートまで行き、そこで母に会うというのが常で、母が忙しい時は支部の先生方がかわるがわる私の面倒を見てくださいました。私自身が出瓶する頃になると、さすがに家に帰れないようなことはなくなりましたが、昔は本当に大変だったのだと思います。
 母の社中展では、この歳になってやっと「少しは役に立つようになった」と言ってもらえるようになりましたが、何度開催してもいまだに学ぶことばかりです。


社中展にて。那須さんは2列目右から3番目(2011年8月)

 2012年まで滋賀支部で青年部長を拝命していました。支部には物心両面から青年部活動をサポートしていただいています。近畿・中部地区青年部作品展には毎年作品を出品させていただいていますが、資金面もさることながら、開催日には支部の先生方がバスで必ず見学にきてくださり、青年部員たちの作品づくりの励みになっています。


第16回近畿・中部地区青年部作品展にて家元と(2008年9月)

仕事といけばなで多忙な毎日ですが 趣味の文楽鑑賞は欠かせない楽しみのひとつです

 冠婚葬祭用品の製造メーカーに勤めながらいけばなを続けていますが、それは職場の理解と協力があったからこそだと感謝しています。また、青年部の作品を制作する時には、使用しなくなった資材を提供してもらったり、接着剤の相談にのってもらったりと、職人さんにもいつもお世話になっています。造形面でいただくアドバイスは、作品づくりに大いに生かされていますし、材料が足りない時、職人さんの前で祈っていると、本当に何かが出てくることもあり(笑)、本当にありがたいの一言につきます。上司もいけばなに対して大変理解を示してくださり、有給休暇を取らせていただく時も快く応じてもらっています。もちろんその分、私自身も与えられた仕事は何時になろうとも責任を果たすよう精一杯つとめているつもりです。

 仕事といけばなで本当に忙しい毎日ですが、趣味の文楽鑑賞は私の生活には欠かせない大切な要素です。
 文楽のストーリーには、ほとんどハッピーエンドはなく、だいたいが悲劇の物語なのですが、その中で三業(人形、語り、三味線)が一体となり、心打つ場面がたまに訪れます。その「たま」に惹かれて20年以上も滋賀の自宅から大阪の国立文楽劇場に通い続けているうちに、なんと人間国宝の吉田文雀さんとお知り合いになることができ、公演のたびに楽屋におじゃましていろいろなお話を聞かせていただけるのも楽しみのひとつになっています。


人間国宝・人形遣い吉田文雀さんと楽屋にて(いつも文楽鑑賞にご一緒して下さるお友だちと)

長野旅行(2013年9月、上記のお友だちとご一緒)
【那須 豊信さんに一問一答】
  • 好きな花/桜、菊
  • 好きな作家/司馬遼太郎
  • 好きな作品/『竜馬がゆく』
  • マイブーム/ブームというよりもっと本格的かもしれませんが、以前からスウォッチ(腕時計)を集めています。コレクターというより、毎日違う時計をするのが楽しみなユーザーです。

那須 豊信さんからご紹介いただいた次回の「いけばなじん」は、廣野 豊瞳(大阪支部)さんです。研修課程T期で初めて出会って以来親しくなり、花展だけでなく、お芝居や映画、美術展もご一緒する仲の良さ。造形作品の制作や写真コンテストの出品に大変熱心な方とのことです。どうぞご期待ください。


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