みんなのいけばな

File No.52

山本 明豊さん 山本 明豊さん 奈良県/橿原支部

大事故に遭い、趣味から一転教える道に進んだいけばな 夫や子どもたちに支えられながら、左手に思いを込めます

人と人のつながりで紹介していくリレー形式の「いけばなじん」。

ピアノ教師だった山本さんがいけばなと真剣に向き合うきっかけになった交通事故。右手の痛みと闘いながら、ご本人以上に大けがを負われているご主人の叱咤激励に助けられて今があるとおっしゃる山本さん。どのような思いで乗り越えられてきたか、気迫あるお話をお聞きしました。

スマートなのにおっとりの島さん 研修ではホテルでもたくさん語り合いました

 島さんとは研修課程T期で知り合いました。物静かながら芯がしっかりしてスマートな美人。当時の私からみると、小原流のいけばなをかなり勉強されていて感心しました。おっとりした話し方ですが、案外おっちょこちょいな面があるのも魅力です。

 研修では今は亡き山口のMさんと3人でよく行動を共にしていたのを懐かしく思い出します。宿泊したホテルの朝食バイキングで私とMさんがお皿いっぱいの食事をもりもり平らげる中、食の細い島さんは「どうしてそんなに食べられるの?」と呆れ顔でした。参考作品に選ばれた時は互いに喜び、だめだった時は「難しかったね」「もうちょっと時間があればいけられたのに」「いけた後でこうすればよかったと気がつくね」と他愛もない話で盛り上がり、どんどん仲良くなっていきました。夜もホテルの部屋でその日あったことなどをおしゃべりしたものです。


習作展での合作(2008年)

 数年前まではよくお会いしていましたが、最近は電話やメールでのやりとりが多くなりました。花展ではどんな花をいけたとか、支部であったこと、ときには昔の恋愛話など、話題はさまざまです。一時、闘病されていた彼女から「お別れに奈良に行ってもよい?」と連絡があり、体が疲れない程度にご案内したことがありました。最後に訪れた女人高野で知られる室生寺では、石南花が木漏れ陽に映えてとても美しく「綺麗ね」と長い時間眺めていたことを思い出します。幸い今は病気も全快され、元気にいけばなを続けていらっしゃることをうれしく思っています。


ロイヤルホテルにいけた正月花の大作(2008年)

誘われた花展で偶然出合った小原流 交通事故を機にお花にまい進しました

 我が家は橿原市の東端にあり、家のスグ裏は飛鳥真弓丘陵です。45年前に引っ越した当時は、6月になるとあちらこちらで笹百合が高貴な薫りを放ち、一度に200本採ったこともありました。蔓竜胆やエビネ蘭なども自生し、写景そのままの風景を目にするような環境でしたので自然と植物への興味がわき、図書館で植物の勉強をしたり、蘭や山野草を200鉢近く育てたこともあります。ある日、誘われて行った花展会場で笹百合をいけた小原流の作品を拝見し「これだ!このいけばなを習いたい!!」と強く思いました。 当時、私はピアノ教師をしておりましたが、生徒のお母様が小原流を教えておられると聞き、すぐに教えを請いました。

 習い始めた当初はあくまで趣味の一つ程度に思っていましたが、その考えを一変させたのが、平成3年8月に遭った交通事故です。
 世界遺産で有名な熊野の山奥にある夫の実家でおこなわれた法事の帰路、国道169号線で事故は起きました。加害者はその日行われる熊野の花火を見るために急いでいたのか、先行車を2台追い抜いた勢いのまま、緩いカーブの上り坂で反対車線を走る私たちの車に突っ込んできたのです。夫に代わって運転していた私に外傷はほとんどありませんでしたが、助手席の夫は顔面に大けがを負ってしまいました。けれども今のように携帯電話はありませんし、山中のため救急車もなかなか到着しません。夫が出血多量で死にはしないかと本当に不安でした。2時間がかりで病院に運ばれ、すぐさま手術を受けましたが、目にガラスの破片が入り、首から上を48針も縫う重傷でした。そのけがが元で夫は今でも右目はほとんど見えず、光を調節するレンズもないので眩しい状態のままです。
 一方、私はそれほど外傷はなかったものの、ひどいむち打ちでしばらく寝たきりとなり、当初ぶらんと垂れ下がり神経が通ってないかのように思われた右手には後から痛みが襲い、そのまま18年間その痛みに苦しみました。左利きだった点は幸いしましたが、以前のようにピアノを弾くことは不可能になりました。今でも握力は6kgのままです。
 この事故に遭ったことで人生何が転機になるかわからないと悟り、ピアノ以上にいけばなをしっかり教えていこうと決心したのです。生半可な取り組みではだめだと研修を受け始め、12年かかってクリアできたことは私のなによりの宝物となりました。教えてくださった先生にも感謝しています。


堺秋祭りのパレード用フロートの制作をお手伝い。楽しい思い出です(2006年)

定期的に開催している社中展 生徒さんの成長は何ものにも増してうれしいことです

 社中展を4〜5年間隔で開催しています。まだ2回だけですが、構成から設営まで全般にわたってこなし、できるだけ費用もかからないよう、花材の調達にも奔走します。1回目の大作は杉の間伐材を利用し、笹百合はいけ込み当日の朝4時に採集してきました。2回目は樹齢100年の槇の木を使いました。その槇は、たまたま車で通った道路脇のお宅に半分枯れていたのを頂戴したものですが、直径30cmはありました。
 生徒が支部研究会で高得点をとってくれた時もそうですが、時間がかかっても自分で考えながら作品をいけあげることを楽しんでくれたり、皆で一つの作品を仕上げた時は、本人だけでなく私も嬉しくなります。毎回、社中展のみんなの作品はアルバムにして大切に残しています。


社中展のアルバム(2007年・2010年)
http://www.ikebanaohara.com/meiho/index.html

 最初はまったくわからなかった造形も、マイ・イケバナに出品するようになり、何度か入賞することもできました。
 生徒から「造形っていったい何をどうすればいいのですか」とよく聞かれるのですが、私の答えはいつも「私もよくわからない。けれど頑張ってみることが一番。気になるものがあればどうすれば作品に仕上げられるかを考えること」とアドバイスしています。

 毎年1年がかりで制作している私の姿を見て「先生の頑張りはすごい」と共感してくれた2人の生徒がマイイケに出品してくれるようになったうえに、2013年は2人とも参考作品に入り、地区別でも1人が優秀賞に選出されました。常に怠らず努力を続ければ、いつかは報われる日が来ると私は信じています。陽の当たらない時こそしっかり勉強して力を蓄えるべきだと思います。



(上)マイ・イケバナ 2012年出品作品。「HM氏賞」「FK氏賞」受賞
  (下)マイ・イケバナ 2011年出品作品。「家元賞」受賞。「HM氏賞」「FK氏賞」参考作品

けがに苦しみながらも寛容な夫 いけばなを続けてこられたのも家族のおかげ



談山神社で献花の後、お茶の先生と呈茶。
下は奈良新聞の記事(2004年6月)

 茶道の教室も開いていますが、いけばなとは違って遊び心で教えています。もちろん、正式な初釜や正午の茶事も楽しんでいます。当日は、朝早くから懐石料理をみんなで作り、亭主と客に分かれてお点前し合うなどして1日を過します。また、談山神社の真廟拝所で献花をした後、お茶の先生と呈茶をするようになって今年で14年目になりますが、毎回いろいろな発見があり楽しいですし、祝詞で私の名前が読み上げられる時はいつも身の引き締まる思いがします。ありがたいことに、行事のご案内は毎年近鉄沿線の主要駅にポスターで宣伝していただいています。ピアノは右手が不自由なため、今は幼稚園や保育園の先生をめざす方に通論(音楽の理論)やコールユーブンゲン(声楽)など総合的なことを教えています。

 散策も楽しみのひとつです。山へ草木の採集に行った時、藤蔓を持ったまま崖を滑り落ちてしまったり、松の枝をつかんだとたんに枝が折れ、またまた崖から滑り落ちたりと危ない目に何度も遭っていますが、うつろいゆく自然の素晴らしさは何ものにも代えがたく、何より皆で食べるお弁当の味は格別です。

 よく友人やお花の仲間から「山本さんはご主人や子どもさんに育てられているのね、お幸せね」と言われますが、確かにそうかもしれません。まかり間違えば命を落としていたかもしれない大きな事故に遭ったのに、夫は入院中から「もう少し遅く出発していたら事故に遭わなかったとか、加害者の不注意を責めたりしないこと。一度なってしまったことは元に戻らないから」というような寛大さで私を守ってくれましたし、退院後も時々様子を見に来てくれた加害者に、私がほんの少しでも愚痴を言うと「加害者は来たくないのに様子を見に来てくれているのに、相手の立場も考えなさい」といつもは、諭すように叱る夫に初めて大きな声で怒鳴られました。自分自身も身体に障害を負うことになったのに、愚痴ひとつ言わず周囲を気遣うような人です。

 また、痩せた太ったと理由をつけては好きな洋服を買っていた私ですが、お花もお茶も何となく続ける気がなくなったことを夫に話した時「月謝を払うお金がないなら、服を買うのを減らしてでも習い事は続けなさい。身についたことは誰にも盗られないから」と諭されました。あの時、お稽古をやめていたら今の私はありません。今日、こうしていられるのも夫のおかげです。

 息子や娘も同様です。息子は仕事の合間に花展の設営も手伝ってくれ、無理かと思うことも嫌がらず何でも協力してくれますし、的確に物事を判断してアドバイスをくれます。娘は夫や私、生徒達をはじめ、訪れてくれる人に対してきめ細やかに接してくれるうえに、整理整頓が苦手な私に代わって綺麗にあとかたづけをしてくれます。猪突猛進型の私を夫や子どもたちは放っておけないのだと思います。こんな私ですが、今後もますます精進し、生徒を育てていくことが使命だと思っていますし、それが小原流発展のためになるのであれば、何よりの幸せです。


こども教室の様子を集め1枚のポスターにしたもの


橿原オークホテルにて定員50名の食事付きいけばな講習会を開催(2005年5月)
【山本 明豊さんに一問一答】
  • 好きな花/笹百合、一輪草
  • 好きな作家/
    金子みすゞ    …心優しく、子どものような心でうたい上げた詩が大好きです。
    クラシックと童謡…小さいころ、父がレコードを買ってきてくれました。
  • マイブーム/お習字…お花の生徒さんに教えてもらっていますが、何かにチャレンジすることが好きなのではまっています。五段を取得しましたが、まだまだ実力不足と思いますのでこれからも続けていきます。

山本 明豊さんからご紹介いただいた次回の「いけばなじん」は、南川 美惠さん(金沢支部)です。研修課程でご一緒した際、気が合ったそうですが、話題はいつも研修のことばかり。瓶花がお得意なはつらつとした方だということです。どうぞご期待ください。


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