みんなのいけばな

File No.50

杉本 豊祥さん 杉本 豊祥さん 埼玉県/東京支部

鋏の音に導かれ、研究会でのめり込んだいけばな 母の教え、家族の愛に支えられ、続けてこられたことに感謝!

人と人のつながりで紹介していくリレー形式の「いけばなじん」。

鋏の音が心地よい音楽のように耳に入ってきたことが、その後いけばなの道へ進むきっかけになったという、幻想的な体験を語ってくださった杉本さん。約40年の間、恩師やご家族の支えのおかげでいけばなに深く関わってこられたそうです。
現在は、東京支部幹部として、広い視野でいけばなを見つめている杉本さんに、これまで歩んでこられた道を振り返っていただきました。

すぐに打ち解けた辻さんとの出会い 女性らしさと内に秘めた強さをお持ちの方です

 辻さんとは2011年6月の研修課程U期で初めてお会いしました。最初はT期から受講されているお仲間と話しをされていたのですが、たまたま席が近かったことから、仲間に入れていただき、夕食をご一緒したり、花についてお話したりするうち、すぐに打ち解け、親しくなりました。今年一緒にV期に進級することができ、いっそう仲良くさせていただいています。

 辻さんはいつもにこやかで気持ちの穏やかな方です。研修で1時間ごとにギャーギャー騒いでいる私の話もウンウンと聞いてくださいますし、立ち話をしていればどこからか椅子を持ってきてくださる細やかな気配りがあり、花をいければ作品には女性らしさがあふれます。何事にもおおざっぱな私にとっては、辻さんのお人柄もお花も魅力的に映ります。普段は控えめなのに、ことお花に関してはとても積極的なところにも内に秘めた強さを感じます。

 東京と鹿児島ですから、交流はもっぱらメールのやりとりになります。話題はやはり「研修の課題はどうした?」といけばな中心です。この秋の研修でお会いできるのを今からとても楽しみにしています。

鋏の音に惹かれた幼少期が原点 家族や周囲の理解と協力のおかげでここまでこられました

 母が小原流を学んでいたので、小さい頃から家にはいつもいけばなが飾られていました。花展につれて行ってもらうことも多く、花は身近な存在でありながら特に意識することもなく生活していたのですが、小学校3年生の頃だったでしょうか。たまたまついて行った研究会で、誰もいなくなり静かになった待合室で本を読もうとした時、会場からシャワシャワシャワという音が聞こえてきたのです。それが鋏の音だと分かったのは後のことなのですが、私は「なんだかきれいな音…」と、吸い込まれるようにそのキラキラした心地よい音に聞き入っていました。おそらくその時はじめて花を意識し「いけばなをしよう」と心のどこかで決めたのだと思います。その後、中学生になったのを機に母の教室でお稽古をはじめました。

 大学生になり研究会に出席し出すと、急にいけばなが“面白い”と思えるようになりました。花に集中する50分間、真剣に花と向き合う緊張感も楽しいと思えました。いけ終わった後の爽快感はスポーツをした後のそれにも似ていました。良い点をいただければ嬉しく、そうでない時は「次は頑張るぞ!」と思う。そんなふうに毎月ワクワクしながら研究会を待っていました。とにかく、研究会の魔力(?)にとりつかれ、通ううちにますます花が好きになっていったという感じでした。
 結婚を機に母の師である新藤聖園先生に師事することになりました。先生は「写景・自然」を得意とされていて、私が地区展で写景をいけたいと申し上げた時には、見沼の用水べりを歩き、傷だらけになりながら一緒に野ばらの採集をしてくださったことをよく覚えています。また、研修に行きだしてからは菊池瑞月先生の教室にも通わせていただいています。


定例研究会の風景。何年たっても緊張します(2013年8月)

 2人目の子供を出産した頃は日々忙しく、研究会に出席しても帰宅後は花をバケツに入れてそのままということもありましたが、ある日、散歩に出ようと靴を履いていた3歳の長女に「お花がないのはさびしいのね…」と言われて返答に戸惑ってしまいました。この時、娘がいつも玄関にいけていた花を見て、何かを感じていたと初めて知り、あらためて、花をいけよう、花を続けようと思いました。
 研究会への出席も今年で33年目に入りました。欠席は出産の際の2回だけ。娘たちを預かってくれた両親や最近はやりのイクメンを20年前に実践してくれた夫、「遠慮しないで連れてらっしゃい」と言ってくださった先生、温かく迎えてくださった社中の方々、家族の協力や周りの方のご理解に本当に感謝しています。おかげで、家元二級になった頃から地区別教授者研究会にも毎年出席し、2012年に20年連続皆勤賞をいただきました。家元一級脇になったばかりの頃には初めて優秀賞をいただき、おまけに95点の写真花にも選ばれました。ベテランの先生方が受ける賞だとばかり思っていたので、嬉しさより驚きの方が大きかったのを覚えています。


地区別教授者研究会でいけた「写景・自然」(2007年9月)
久しぶりの95点をいただきました。とりたいと思うとなかなか取れないものです。

東京支部幹部として 行事の運営などにも携わり、勉強の日々

 教室を開いてから早20年がたちました。瓶花の枝を留められるようになって喜んだり研究会で良い点をいただいた生徒さんの笑顔を見ると私も嬉しくなりますし、仕事や介護の合間をぬってお稽古にいらした生徒さんが「次回も楽しみです」とすっきりした笑顔で帰られる姿を見ると、心がほんわかします。事情があってお休みをされている生徒さんが花展の度に見に来てくださるのも嬉しいものですね。

 幼稚園から高校までピアノを習っていた娘たちの発表会では、舞台の花を担当させていただきました。物語の朗読に合わせて曲をつなげていくコーナーがあり、私もそのテーマや内容に合わせ、花の取り合わせや舞台全体の構成を考えました。普段、花をいけるのとは勝手が違ったり、前回と雰囲気が重ならないようにも苦心しましたが、とても楽しい時間でした。その舞台で娘たちと連弾したことも忘れられない思い出です。


ピアノの発表会にて。物語「星の王子さま」に合わせて(2008年4月)


いけばな小原流展(東京支部展)
はじめての支部展出品作品「Prayer for peace」。
ハンドベル同名曲(9.11の鎮魂曲)からイメージしま
した(銀座松坂屋2008年10月)

 2007年から東京支部地区協議会委員、2010年からは東京支部幹部をさせていただき、行事の準備にも携わらさせてもらい、勉強の日々です。幹部としてはじめての花展では準備を重ね、何もなかったデパートの会場に花の空間が出来上がっていく過程を目の当たりにしたときは胸がいっぱいになり感激の一言でした。みなさんに助けていただきながら何とかやっている状態ですが、まさに花と人との出会いは宝物だと思っています。

 2011年3月11日、東日本大震災当日は、いけばな協会展の会場におりました。大きく揺れて瓶がバタバタと倒れ、一面水浸しに…。会場となっているデパートはそのまま閉店となり、情報が少ないまま深夜までかかって徒歩で帰宅後、初めて震災のことを知りました。8月には大阪での家元の花展『祈り』に呼応する形で、東京小原流会館でも花展を開催しました。"花をいけることの意義"を問いかけながらの花展でした。答えは今も出せないままですが、花から優しさをもらい、花が心穏やかにしてくれたように思います。


第50回いけばな協会展にて小泉晃美先生との合作(上野松坂屋 2011年3月11日)

明治神宮献花式の回廊での献花花展に出品
(2013年4月)

表参道駅の展示花(2012年11月)

 近年は、本部主催行事のお手伝いをさせていただく機会も多くなりました。2013年4月に催された明治神宮献花式の回廊での献花花展もその一つです。厳かな中で執りおこなわれた献花式では「花をいける」ことの意味を深く考えさせられました。
 東京支部の最寄駅、表参道駅では、もう20年以上、支部役員、教授者を中心に、1年中交替で花を展示しています。通路でいけていると通りすがりの方からお声をかけていただくこともあります。

水泳やハンドベルの趣味でも心を開放 生徒さんにとって心が和む教室でありたいです

 いけばな以外で続けていることといえば、水泳です。中学生時代からスイミングスクールに通いはじめ、今でも時々泳ぎにいきます。重力から解き放たれた開放感というか、水の上に浮いている気持ちよさは格別です。思いっきり泳ぎ水に乗ったときの爽快感、水に潜ったときの静寂の世界も大好きです。泳いだ後には心地よい疲労感が残り、頭も身体もスッキリします。

 また、娘の学校の保護者会で始めたハンドベルは、「天使のハーモニー」と称されるベルの響きに魅了されたのがきっかけですが、Aさんがド、レ、レ♯。Bさんはミ、ファ、ファ♯…のように5オクターブ編成の曲ですと、約60個のベルを一人2〜数個受け持ち10数人で演奏します。ベルは約200gの小さいものから3kgを超えるものまであり、奏法もさまざまです。和音を合わせたり、強弱をつけたり、チームワークが大切で、なかなか「天使」にはなれません。保護者会ですから、当然全員がおばさん(笑)、1曲終わるごとにどこからともなく「はぁ〜」「ふぅ〜」とため息も聞こえてきますが、年に1回あるかないか、思うような演奏ができた時は思わず声を上げて喜び、その後の「打ち上げ」も楽しく盛り上がります。まさに40歳を過ぎてからのクラブ活動ですね。


第28回ハンドベル関東地区定期演奏会。右から5番目が杉本さん(青山学院講堂 2008年4月)

 今、私が自信を持って生徒さんにいけばなを教えられるのは、華道の基礎を叩き込んでくれた母のおかげです。当時は厳しいと思っていましたが、あの時私にじっくり付き合ってくれた母が、今も花の話ができる一番の理解者です。最近は研修・支部行事・花展といけばなの仕事で夜遅くなり、時には泊まりのこともありますが、そのたびに家族が快く送り出してくれます。娘たちも家事全般を手伝ってくれるようになりました。本当に、家族には感謝、感謝です。
 「写景」が特に好きですが、水の温みや鳥のさえずり、輝く陽射し、風の冷たさのように目に見えないものを表現できるようになりたいと思っています。教室では皆さんがそれぞれの気持ちで花を楽しんでもらいたいと思います。お休みしている方がいつでも帰ってこられるような和やかさを持ち続けたいと思っています。

【杉本 豊祥さんに一問一答】
  • 好きな花/水仙
  • 好きな作家/モネ(画家)、リスト(作曲家)
  • 好きな作品/モネ『睡蓮』、リスト『ため息』
  • マイブーム/「花」の切手を集めること…でも使ってしまうので集まりません。

杉本 豊祥さんからご紹介いただいた次回の「いけばなじん」は、島 芳華さん(大宮支部)です。5年ほど前に新藤先生の教室に入られたのがきっかけで知り合われたそう。大宮支部の副支部長として活躍されているほか、陶芸も趣味以上の腕前。年下の杉本さんの話もきちんと聞いてくださる誠実なお人柄ということです。どうぞご期待ください。


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