みんなのいけばな

File No.35

間ア 豊珠さん 間ア 豊珠さん 愛媛県/松山支部

自然を慈しみながら、充実したいけばな人生を歩めていることに感謝

人と人のつながりで紹介していくリレー形式の「いけばなじん」。

 10歳の時、従姉妹からいけばなを習い始めたという間アさん。結婚、ご主人の転勤、子育てなど、女性としての生き方を大切にしながら、自然やいけばなはいつも間アさんの傍らにありました。研修課程を通じて知り合った仲間との絆や生徒さんとのエピソードを交えつつ、ご自身のいけばなに対する思い、趣味の山歩きや草木染めなどについてもお話しいただきました。

楽しく気配り上手な樋口さん。
研修終了後、天狗高原もご一緒しました。

 樋口さんとの出会いは、平成8年の研修課程U期で、彼女の自由表現の作品を見て私から話しかけたのがきっかけでした。あまりにもユニークな発想だったからです。そのうち休み時間にはいつも同じメンバーがテーブルを囲むようになり、いけ終わった花のことや色彩学などいろいろ話し合いました。以後、U期、V期と5年間、樋口さん含め仲間との充実した研修生活を送りました。終了後には大阪支部の2人とともに樋口さんも松山に遊びに来てくださり、日本三大カルストの1つである四国カルスト(天狗高原)を一緒に訪れたのも楽しい思い出です。


研修仲間が遊びに来てくれた時の一枚(2000年頃)
(場所:天狗高原、右が樋口さん、左が間アさん)

 樋口さんはお話し上手の楽しい方です。また、勉強熱心で、お若いのに気配りもゆき届き、しっかりなさっています。
 このところあまりお会いする機会がなく、年賀状だけのやりとりになっていましたが、今年早々の徳島支部の花展で偶然お会いすることができました。思わず駆け寄りました。とてもお元気そうで、幹部としても頑張っているご様子が本当にうれしく、改めて天狗高原での楽しい2日間を思い出しました。

師範の従姉妹にいけばなを習い始めて46年。
育児のかたわら地区別研究で勉強を続けました。

 いけばなを始めたのは10歳の時です。結婚のために大阪から戻ってきた従姉妹が小原流いけばな師範の資格を持っていたのでお稽古をお願いしたのです。昭和31年頃のことで、近所にはまだ花屋さんもなかったため、農家の友達からお花を分けてもらい、その花でいけばなを教わっていました。その頃は、リアトリス、百日草、キンセンカ、ダリアなど、七宝で直立型を何度もお稽古をしたのを覚えています。入門して、その頃のことを思い出すたびに、きっかけがなんであっても教え、教えられることで長くたずさわる人を育てることもあるんだなと思ったものです。

 入門してから46年、結婚後は夫の転勤に伴う引越しが3回、先生も4人替わりました。同じ型でもそれぞれの先生によって表現が違うことに戸惑い、どうしてよいかわからなくなって、専門教授者になる少し前に地区別教授者研究会(当時四国は岡山で実施)に参加することにしました。当時、子どもたちはまだ4歳と2歳。勉強する時間が取れず、一夜漬けの筆記試験はつらいものでしたが、その後出会えた4人目の先生に背中を押していただき、結局、研修で7年、幹部としては16年間、お手伝いさせていただきました。充実したいけばな人生を歩めていることに、今も感謝しています。
 現在は、自宅で月3回、文化センターで月3〜4回、松山市の公民館と写真スタジオで月2回ずつ教室を開いているほか、月に1度は専門教授者の先生のご自宅に出向き、まとめ稽古もしています。


幹部主催のこども教室で当番になって「ひらくかたち」と「たてるかたち」を(2008年3月)

亡きお母さまの遺言となった小さなメモ。出会いの不思議に感動し、涙がこぼれました。


市駅の当番作品。春 盛花で(2007年春)

 ある時、ご高齢ながら支部で活躍されていた今は亡き先生に「お弟子が、子どもにお花をお稽古させたいので先生を紹介してください、と頼まれたのだけど、間アさんはいつ教室をしているの?」と聞かれ、メモをお渡ししました。それから4〜5年が過ぎ、メモのこともすっかり忘れた頃に「母に紹介されました。お花を習いたいので、友人2人でお願いします」と電話があり、お稽古が始まりました。数日後、「お母様のおかげでお稽古を始めてくださったから、一度お母様にお会いしたい」と私が申し上げたら、「母は亡くなりました。遺品を整理していたら鏡台の引き出しからこのメモが見つかりまして」と見せてくれたのが、数年前に書いたあのメモだったのです。お母様が小原流を習ってほしいとおっしゃっていたことを思い出し、友達を誘って来られたのだそうです。それを聞いて私は、この不思議な出会いに涙があふれて何も言えませんでした。これまでたくさんの生徒さんをお教えしましたが、一番感動した出来事です。そのお嬢さんももう36歳。幸せな結婚をし、お子さんにも恵まれました。現在は四級ですが、ゆくゆくは専門教授者として育ってほしいと願っています。

モンゴルでの経験で小原流との出会いを改めて感謝 夢はお弟子さん全員参加の社中展

 2004年、「愛媛とモンゴル親善・友好の会」より松山支部が依頼を受け、「日本の伝統文化〜茶道と華道展」に参加させていただいたことも、忘れがたい思い出です。
 モンゴルは生花が少なく、展覧会前日は、草木花を求め皆で一日街を歩き回り、やっとのことで13作ほどの展示花を作り上げる植物を入手しました。当日は、日本大使館が共催ということもあって政府や12カ国の大使館関係者の皆様、そして一般の方々あわせて400名あまりにご来場いただき、とても感動したことを覚えています。デモンストレーションやいけばな体験でも皆様に大変喜んでいただけました。モンゴル・日本センターの方によると、モンゴルで日本の華道が正式に披露されたのは、この交流会が初めてのことだったそうです。
 四季のある自然豊かな日本に生まれてよかった!とつくづく思い、小原流のいけばなに出会えたことに心から感謝しています。


モンゴル・ウランバートルの日本センターにて(2004年6月)

「愛媛とモンゴル親善・友好の会」と在モンゴル日本大使館共催で行われた「日本の伝統文化〜茶道と華道展」に参加した際の新聞記事(2004年6月)
市駅の当番作品  家に咲いたサンシュユ
と椿をいけて(花入れは息子さんの作品)2011年3月

 いけばな活動では、砥部の文化祭に参加して今年で31年目になります。1年目、小原流は私一人でしたが、今ではお弟子や孫弟子の皆さんで20名を超えるようになりました。ただ、この文化祭は町在住者でないと参加できないので、いつか、松山のお弟子さんが全員参加できる社中展を開けるといいなと夢見ています。

小学生から続けている山歩き。どんなに上手ないけばなも自然にはかないません。

 いけばな以外の楽しみは山歩きです。小学生高学年頃から植物採集に行ったり、花の季節にはお弁当を持って花見をしたりしました。また、高校生の頃は生物部の一員として、足摺岬の白皇山に登って珍しい奴草を探したり、群落調査したり、山の苔を調べたり。これまで、高知県では工石山、天狗の森、瓶ケ森、愛媛県では石槌山、大川嶺、笠取山、大野ケ原、五段高原に出かけました。また、花や紅葉の季節には九州や長野に何度も出かけています。


天狗高原で山歩き(2009年8月)

 日常生活の忙しさから解放され、リフレッシュできるのは何よりの薬ですし、花は自然の中で咲いているのが一番美しいと気づかされます。どんなに上手ないけばなでも、自然には到底かなわないと悟るのです。


花を追いかけて九州へ(2009年5月)

 もう一つの楽しみは、7年前から始めた草木染めです。それまでの趣味といえば、「木目込み人形作り」や「押し花」でしたが、以前から白いレースの服やエプロンなど染色してみたいものがあり、場所を取らず、コンパクトに片付く良さもあって、切り替えたのです。ハンカチや風呂敷などをろうけつ染めや絵付け染め、割り箸染めで染色しました。草木染めは自然の柔らかい色合いが素敵で、紫イモやよもぎ、タマネギ、渋柿などの植物染料は水を汚染しない点でもありがたいです。


草木染めの作品

ろうけつ染めや絵付け染め、割り箸染めの作品


草も木も共存する庭

 また、我が家の庭でも草木や花を育てています。虫がたくさんいて、夏は水やりが大変ですが、春にはうぐいすの声が聞こえ、毎年のように鳩やヒヨドリが巣立っていくのと、季節ごとに咲く花を見るのを楽しみに、これからも自然を感じて過ごしていこうと思います。



【間ア 豊珠さんに一問一答】
  • 好きな花/植物全部。強いていえば燕子花、桔梗、都わすれなどの紫の花や、アジサイ、吾亦紅など小花の集合した花
  • 好きな小説家/若い頃はたくさん本を読みました。心に残っているのはエレナ・ポーター
  • おすすめの本/『少女パレアナ』、NHK野菜の本『今日の野菜』(保存法、レシピなど)
  • 好きなアーティスト/クミコ、福山雅治(特に最近の歌)
  • マイブーム/ラジオ深夜便を聴きながらのお菓子づくり
    生徒のお気に入り 1位フロランタン、2位フルーツケーキ、3位アンザッククッキー

間ア 豊珠さんからご紹介いただいた次回の「いけばなじん」は、現在、支部長としてご活躍の田中豊幸さん(徳山支部)です。社交性があり、いけばな内外に人脈と素敵なお友達をたくさん持っていらっしゃる大人の女性、とのことです。どうぞご期待ください。

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