みんなのいけばな



File No.21

松井 博士 さん

 

松井 博士 さん 兵庫県/淡路支部



モノクロの書道から色彩のいけばなへ。祖父母や師の教えを生かして、
若い世代へといけばなの伝統をつなぎます。

人と人のつながりで紹介していくリレー形式の「いけばなじん」。

 今回は、前回の木村禮子さんから「小原流淡路支部幹部として、兵庫県いけばな協会事業部研修委員会副委員長としても活躍され、物静かで優しいお人柄ながら責任感が強く、習得力が素晴らしい天才肌。子どもの頃からたしなむ書道、古典楽器の笙の腕前も本格的で、若き次世代のホープとして期待されている」とご紹介いただいた松井博士さんです。感性と地道な努力で才能を開花、小原流での活動から、いけばなの未来に託す思いなどを語っていただきました。

若々しくパワフルな木村先生。
「いけばなこそ人間性」を教えてくださいました。

 木村先生は淡路支部の役員をながく務める祖母と古くから交流があり、淡路には本部指導員として年に数回ほど指導に来られていましたので、幼い頃から存じ上げていました。華やかできれいなお花の先生というのが最初の印象で、祖母よりずっと若い方だと思っていましたが、近年、祖母と同年代だと知り、驚いたほどです。また、祖母から英語が堪能だと聞かされていましたので、実際に外国の方とお話なさっている姿を目にした時は「カッコいいなぁ」と思って拝見していました。

淡路支部創立30周年記念花展にて(左端が祖母、右端が木村先生)
 直接木村先生と関わりができたのは高校生の時でした。当時、書道部に所属していたのですが、木村先生の師である亀島豊鶴先生の娘婿でいらっしゃる書家の井茂圭洞氏に弟子入りしたくて、木村先生にご紹介いただいたのです。いけばなに携わるようになった現在、兵庫県いけばな協会でよくお会いする木村先生は常々「いけばなは作品だけでなく、いけている本人の姿も含めていけばなである」とおっしゃいます。花を通じて人間性を磨いていくのが華道であると、立ち居振る舞いやマナーについても教えてくださいます。皆さんから「レイコさん!!」と呼ばれるマドンナ的存在ですが、流内はもちろん、他流のお家元や先生方、いけばな以外の分野の方々とも幅広く交流されている木村先生のお付き合いの幅の広さに驚かされます。そんな木村先生が兵庫県文化賞を受賞された時は、同じ小原流人としてこの上ない喜びでした。

淡路花博2010花みどりフェアに出品した作品                         


書道展のために無謀にもいけばなに挑戦。祖母の助言で本格的なお稽古を始めました。

 大学では美術科で書道を専攻しました。当時、井茂先生が書道展を開催した際、木村先生に花をいけていただきました。男手が少ないので書の側の男性たちが手伝うことになり、私も花器や材料運びを手伝いました。その中でも、迎え花の大作の流木を組む作業を手伝った貴重な経験が、後に私がいけばなを始める要因のひとつになった気がします。
 いけばなを最初にいけたのは、大学の卒業制作展を教授のお宅である建仁寺正傳永源院で開催した際、会場を飾る花をどうするかという話題になり、「それじゃ俺がいけるよ」と言ったのがきっかけでした。幼い頃から祖母を見ていて簡単に感じていたのか、木村先生を見て興味を持ったのか、自分でもわからないまま何の迷いもなく無謀にもいけた6作ですが、素人にしてはマズマズだったかなと記憶しています。
 その1年半ほど後の年末、祖母が病気で入院し、お正月に家に花がないのは寂しいので、自分流にいける機会が再び訪れました。それを機に継続的に花をいけるようになったのですが、そんな私の様子を見て、祖母からきちんと小原流の花を学ぶように勧められ、本格的に習い始めることになったわけです。そのときの私は23歳、無我夢中でした。小原流は花型の種類も多く、盛花が上手になりたい、瓶花も上手になりたい、花意匠も琳派もと情熱は尽きることなく、1日に何杯も稽古したこともあります。

ふれあいの祭典 兵庫県いけばな展への出品作品(2007年9月)


祖父の教えの書道、家に伝わる典楽演奏。
さまざまな芸術に触れた経験が生きています。

 書は祖父の教えです。祖父は厳しい人で「字はその人の人格が表れるからきれいに書くように」としつけられました。小学3年生で近くの書道教室に通うようになり、高校生の時に井茂圭洞先生に師事し、18歳からは展覧会の出品を中心にした創作活動を始めました。2002年の日韓サッカーワールドカップの際、淡路島がイングランドチームのキャンプ地となり、監督や選手名に漢字をあてる公募展で決まった漢字名を私が揮毫して掛け軸を贈りました。ベッカム選手のものはサッカー場の芝生の上でデモンストレーションを行い、テレビ局や新聞の取材を受けたことがいい思い出です。
 いけばなを始め、淡路支部の幹部になってからは書と花との両立が難しくなり、6年前、小原流の研修課程受講を機に書の活動は休止し、現在は文化教室での指導だけを続けています。 書は白と黒による芸術ですが、字の書かれた部分だけでなく書かれていない空間や余白の美も必要です。文字の大小やデフォルメなどさまざまな変化によって芸術性が生まれます。いけばなも余分な所を整理し、形を変えたり長さや角度に変化をつける点は共通していますし、何より空間美を追求するところが通じるように思います。しかし、筆1本で線を創り出す書に比べてすでに自然の美しさを持った植物という素材に手を加えてより良くする点や、半永久の書と寿命のあるいけばなには違いもあります。
 また、家が神事に関わる仕事をしており、雅楽に似た「典楽」という祭典音楽で笙や和琴などの雅楽器の演奏もしています。淡路支部創立25周年の際、研究院副院長・難波佳代子先生の特別講習会で演出の一つとして笙を演奏したり、徳山支部や福井支部でも舞台に立たせていただく機会をいただきましたことは、ありがたく思っています。
 

イングランドのマイケル・オーウェン選手に贈った掛軸(舞蹴桜炎)
現在も指導を続けている書道

淡路支部創立25周年記念特別講習会にて笙の演奏

自分の分身のように思えるいけばな。
若い人たちにも好きになってもらいたい。


 現在は洲本市立図書館の入り口壁面に飾る迎え花の奉仕活動をしています。2002年に館長さんから淡路支部長に依頼があり、私が担当することになったのです。以来、週1回の休館日にいけ替えながら年中無休で続けています。枯れないように取り合わせをしたり、飾る場所が野外のため、風に吹き飛ばされないように心がけたりと大変なことも多いのですが、利用客の皆さんが「きれいね」「いつもありがとう」と声をかけてくださると、続けてきて良かったと感慨深く思います。
 今ではいけばなが生活の一部です。祖父から「書はその人の人間性が字に表れる」と教えられましたが、いけばなも自身の感情や感性が投影された自分自身の分身のような気がします。また、植物を手にするとその生命力に感動し、花を見ると心が癒されますので、清涼剤、活力剤にもなってくれます。数年前に親しい書家の方の個展で私が花をいけたことがありますが、いつかはもう少し輪を広げていろいろなジャンルの方とコラボレーションしてみたいです。
 

兵庫県選抜作家いけばな展制作中(兵庫県公館 2006年5月)

兵庫県いけばな展にて、お家元に作品をご覧いただいて(2008年10月)

【松井博士さんに一問一答】

好きな花/春の花木、アンスリウム。松、楓、しだれ柳、観葉植物など、木やグリーンのほうが好きです
好きなアーティスト/東儀秀樹、ショパン、日比野五鳳(書家)
マイブーム/地元の山道をドライブして自然観察

松井博士さんからご紹介いただいた次回の「いけばなじん」は、山口佳風さんです。「10年ほど前、私が毎月お稽古に通う教場でお会いしました。年代が近いため仲良くなり、今ではお子さんを連れて展覧会に来てくれたりしています。とてもバイタリティがあり、気配りできる素晴らしい方です」とのことです。ご期待ください。

 


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